福岡地方裁判所 昭和25年(行)139号 判決
原告 美奈川五郎
被告 山田町警察懲戒委員会
被告 山田町警察長
一、主 文
一、被告山田町警察長が昭和二十四年六月十二日原告に対して為した停職の懲戒処分の無効なることを確認する。
二、同被告が昭和二十五年五月十六日為した免職の懲戒処分を取り消す。
三、原告その余の請求はこれを棄却する。
四、訴訟費用は被告等両名の負担とする。
二、事 実
原告代理人は主文第一、二、四項同旨並びに被告山田町警察懲戒委員会が昭和二十五年五月十二日原告に対して為した懲戒免職の決議を取り消すとの判決を求め、その請求の原因として原告は山田町警察の警部補であるところ
(一) 被告山田町警察長(以下単に警察長という)は山田町警察懲戒委員会の勧告に基き、昭和二十四年六月十二日原告に対して停職の懲戒処分を為した。然しながら右懲戒処分は次の理由により無効である。すなわち山田町公安委員会規則第一号山田町警察基本規程(以下単に基本規程という)その他の法令に徴するも被告警察長に部下職員に対する懲戒処分の権限を認むべき根拠はない。仮りに被告警察長にこのような懲戒処分の権限があるとしても、懲戒というのは人の身分に重大なる影響を及ぼす制裁であつて、刑罰と何等択ぶところはないのであるから、刑事被告人に対し法令の認めざる種別の刑罰を科し得ないのと同じく、法令に規定なき種別の懲戒罰を科するということは又法の許さざるものと解すべきところ、当時施行の山田町警察職員の任免等に関する条例(以下単に任免条例という)同条例第十一条によつて適用される官吏懲戒令その他の法令に徴するも懲戒の種別として停職なるものを規定したものはない。それで原告に対する停職という懲戒処分は法令の認めざる種別の処分であるという意味において無効であり、又無権限者の処分という意味においても違法にして当然無効たるを免れないのである。
(二) 被告山田町警察懲戒委員会(以下単に懲戒委員会という)は昭和二十五年五月十二日原告に対して懲戒免職の決議を為した。然しながら右決議も亦次の理由により違法にして取消を免れない。
すなわち(1)山田町公安委員会規則第二号山田町警察職員懲戒取扱規程(以下単に懲戒規程という)第六条の規定によれば、懲戒委員会の審理は委員長及び委員を合せ三人以上が出席するのでなければこれを開くことができないことに定められているところ、原告に対する懲戒免職の決議をした被告懲戒委員会の審理は右定足数に充たない委員長一人委員一人合計二人の出席を以て行われている。(2)又基本規程並びに懲戒規程によれば懲戒委員会の審理は、警察長の審査請求を俟つて開始せられ、警察長の審査請求は所定の者の懲戒申立がある場合に限つて行わるべきものであるところ、本件において被告警察長は、何等懲戒申立がないに拘らず、被告懲戒委員会に対する審査を請求し、被告懲戒委員会はこのような違法の審査請求によつて会議を開いている。別言すれば被告懲戒委員会の審理は警察長の適法なる審査請求によらずして開かれた違法の廉がある。(3)又基本規程によれば懲戒委員会がその審理を行う場合には、予め被審人に対して審理期日及び場所を通知すると共に、懲戒申立書の写を送付することを要し、且本人の承諾がない限り通知の日と審理期日との間には少なくとも十五日の期間を置かねばならぬ旨定められているところ、被告懲戒委員会は本件審理を開くに先立ち、予め被審人たる原告に対し懲戒申立書の写を送付することなく、然も原告において異議を述べているに拘らず、昭和二十五年五月九日に僅か三日後の同月十二日午前十時懲戒委員会を開く旨を通知し、前記の如き期間を置かず強引に審理を進めて本件懲戒免職の決議を為したのである。(4)又基本規程によつて懲戒委員会がその審理を行うについては、予め被審人に対し弁護人の選任及び証拠提出の充分なる機会を与えねばならぬにも拘らず、被告懲戒委員会の本件審理に際しては何等このような機会が与えられていない。以上の如く本件被告懲戒委員会の審理は適法なる審査請求に基ずかず、又定足数に充たざる委員の出席によつて開始された違法があり、その審理にも重大なる手続違背の違法の廉があるから、このような違法な審理手続を経て為された本件懲戒免職の決議の違法であることは多言を要しない。
(三) 被告警察長は昭和二十五年五月十六日前記懲戒委員会の決議による勧告に従つて、原告を懲戒免職に付する旨の処分をした。然しながら右懲戒処分の前提となつた被告懲戒委員会の決議にして、既述の通り違法のものである以上は、これに基ずく被告警察長の処分も亦当然違法にして取消を免れないこと明白である。
よつて茲に原告は被告等に対しそれぞれ請求の趣旨記載通りの無効確認又は取消を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、被告等の答弁に対し、原告が昭和二十五年五月十二日被告懲戒委員会に出頭し審理を受けたことは認める。然しながら基本規程が懲戒委員会における審理期日とその通知との間に一定の期間を置くべき旨規定しているのは、被審人をして充分なる弁解と反証の準備を為さしめんがためであるから、被審人が単に懲戒委員会に出頭し審理を受けたからといつて、これにより直に審理期日と通知との間に十五日の期間を置かなくても良い、つまり被審人においてこれを承諾したものであると解釈するのは妥当でない。むしろ人権尊重の趣旨と懲戒の重大性とに鑑みるときは、余程明確なる承諾の意思表示がない限り、矢張り所定の期間を置かずして審理を行うということは基本規程の許さないものと解すべく、況んや本件において原告は、被告懲戒委員会の審理に際し明かに不服を表明せるに於ておや。而して又被告等は懲戒委員会がその審理を開くには公安委員会運営規則第五条の規定によつて、その過半数の委員二人の出席を以て足る旨主張するけれども、これは明に懲戒委員会と公安委員会とを混同した議論である。すなわち懲戒委員会と公安委員会とはそれぞれ別個の機関であつて、基本規程第百条が、「警部補級以上の者の規律違反の審理は第八十九条の規定にかゝわらず公安委員会の委員長及び委員をもつて懲戒委員会を構成するものとし、本章の規定により懲戒の処分を行う」と規定しているのは、ただ警部補級以上の者の規律違反の審理を為す懲戒委員会は公安委員会の委員長及び委員を以て構成するということを定めただけのことである。右の如く懲戒委員会はどこまでも懲戒委員会であり、公安委員会とは別個独立の機関なのであるから、懲戒委員会が公安委員会の委員長及び委員を以て構成されているからといつて、その審理を開くにつき、公安委員会運営規則を適用しその過半数の委員二人の出席を以て足ると解することは正当でない。矢張り基本規程及び懲戒規程に従つて三人の委員が出席しなければその審理を開くことができないと解するのが正当であつてこのことは理論的にも又基本規程第百条がその後段に「本章の規定によつて懲戒の処分を行う」と規定しておることからみても寸疑を容れない。その他原告の主張に反する被告等の答弁事実はこれを否認すると述べた。(証拠省略)
被告等代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として原告が山田町警察の警部補であつたこと、被告警察長及び被告懲戒委員会がそれぞれ原告主張の日時、その主張の如き懲戒処分又は決議をした事実はこれを争わない。然しながら右処分又は決議はいずれも後記の理由により適法に為されたものであつて何等違法の廉はない。
(一) 被告警察長の為した停職の懲戒処分について
原告は被告警察長には部下職員に対する懲戒処分の権限がない旨主張するけれども、当時施行の任免条例第二条は「警察長は公安委員会が定める基準により部下職員を任免する」と規定して警察長に部下職員に対する任免権の存することを明にし、同条例第十条には「警察職員の休職復職及び懲戒処分は任免権者がこれを行う」と規定されているので、被告警察長に部下職員に対する懲戒処分の権限の存することは明である。又原告は懲戒処分には停職という種別はない旨主張しているけれども、前記条例第一条には「警察職員の任免分限服務懲戒給与等については当分の間この条例に定めるものを除くの外なお従前の福岡県警察部の職員の例による」と規定せられ、従前の福岡県警察部の職員の例によれば、警察部職員に対しては国家公務員法が適用されていたのであるから、山田町警察職員の懲戒についても当分の間条例に定めるものを除くの外、矢張り国家公務員法が適用されるものというべく、同法第八十二条の規定には「職員が左の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として免職停職減給又は戒告の処分をすることができる」と定められているので、結局山田町警察職員であつた原告に対し被告警察長が停職という懲戒処分を為したことについては原告主張の如き何等違法の廉はないのである。
(二) 被告懲戒委員会の懲戒免職の決議について
原告は(1)懲戒委員会の審理は、懲戒規程第六条の規定により、委員長及び委員を合せ三人以上が出席するのでなければ、これを開くことができないにも拘らず、被告懲戒委員会は右定足数に充つる委員の出席なくして審理を行つた違法がある旨主張する。
然しながら懲戒委員会には巡査部長級以下の者の規律違反を審査する懲戒委員会と警部補級以上の者の規律違反を審査する懲戒委員会との区別があり、前記懲戒規程第六条の規定は巡査部長級以下の者に対する懲戒委員会につき適用をみるべき規定であり、警部補級以上の者のそれについては適用なきものと解すべきである。すなわち同規定には「懲戒委員会は委員長及び委員を合せて三人以上が出席しなければ会議を開くことはできない。委員長に事故があるときは上席の委員がこれを代理する」と定められているのであるが、これはその立言の仕方に徴し明な如く、懲戒委員会が少なくとも四名又は五名の委員を以て構成されていることを前提としてのもので、「山田町警察に委員長一人及び委員四人で組織する懲戒委員会を置く」旨を定めた基本規程第八十九条の規定に対応するものというべきところ、基本規程第百条の規定には「警部補級以上の者の規律違反の審査については第八十九条の規定に係わらず公安委員会の委員長及び委員を以て懲戒委員会を構成する」旨定められ、警察法第四十四条第二十一条の規定によれば市町村公安委員会は委員三人を以て組織されているので、基本規程第八十九条と対応し、懲戒委員会が五人の委員を以て構成されていることを前提とした懲戒規程第六条の規定は、委員三人を以て組織される警部補級以上の者の規律違反を審査する懲戒委員会については適用なきものというの外はない。これについては矢張り公安委員会運営規則第五条の規定に則り、その過半数の委員つまり二人の委員の出席を以て会議を開くことができるものと解するを相当とする。然らば被告懲戒委員会が定足数に充つる委員の出席なくして審理を行つた違法があるということはできない。(2)又原告は被告懲戒委員会は警察長の適法なる審査請求に基ずかずして審理を開いた違法がある旨主張するけれども、被告警察長の被告懲戒委員会に対する本件審査請求は、山田町警察次席警部藤山軍治の懲戒申立に基ずき適法に為されたものであつて、何等違法の廉はない。(3)又原告は懲戒委員会が審理を開くには少なくとも、期日前十五日前に被審人に対してその旨の通知を為すべきであるに拘らず、被告懲戒委員会は本件審理期日前僅か三日前にその旨の通知を為し、審理を開いた違法がある旨主張するが、右期間の制約は被審人の承諾がない場合に限られること、つまり被審人の承諾があれば所定の期間を置く必要のないことは基本規程第九十四条第二項の規定するところであるところ、原告は被告懲戒委員会の本件審理期日に出頭し、何等異議なく審理を受けているので、審理期日と通知との間に十五日の期間が置かれなかつたことにつき原告においてこれを承諾したものというべきである。又原告は懲戒申立書の写を受取つていない旨主張するけれども、被告懲戒委員会は警察長から審査請求を受けるや、直に懲戒申立書の写を原告に送達しているので、その審理手続には何等違法の廉はない。(4)又原告は被告懲戒委員会の審理は一方的であつた旨主張するけれども、被告懲戒委員会は種々原告の反駁弁明を聴取し、原告の申出によつて証人を取調べる等、原告に対して十分なる弁解と反証の機会を与えているのであるから右原告の非難は当らない。以上の如く被告懲戒委員会における本件審理手続については原告主張の如き何等違法の廉はないのであるから、従つてこれに基く本件懲戒免職の決議も亦適法であつて、その取消を求める原告の本訴請求は理由がない。
(三) 被告警察長の為した懲戒免職処分について
以上説明の通り右懲戒処分の前提となつた懲戒委員会の決議にして違法の廉なきこと明かな以上は、これに基ずく警察長の処分も亦適法というべきであるから、その取消を求める本訴請求も亦理由なきものとして棄却を免れない、と陳述した。(証拠省略)
三、理 由
原告が山田町警察の警部補であつたこと、被告警察長が原告主張の日時その主張の如き停職又は免職の懲戒処分を為したこと及び被告懲戒委員会が原告主張の日時その主張の如き懲戒免職の決議をしたことはいずれも当事者間に争がない。それで順次その適否について調べることにする。
(一) 被告警察長の為した停職処分について
この点に関する争点は要するに被告警察長に部下職員に対する懲戒処分の権限が存するか否か、及び右懲戒のうちに停職という処分が認められるか否かということである。よつて按ずるに原告は法令の規定上被告警察長には懲戒処分の権限がない旨主張しているけれども、当時施行の任免条例第二条は「警察長は公安委員会が定める基準により部下職員を任免する」と規定して警察長に部下職員に対する任免権の存することを明にし、同条例第十条には「警察職員の休職復職及び懲戒処分は任免権者がこれを行う」と規定されているから、被告警察長に部下職員に対する任免権があり、その任免権者である被告警察長に部下職員に対する懲戒権の存することは疑がない。然しながら懲戒罰はもとより刑罰とはその目的及び性質を異にし必ずしもこれと同質のものではないけれども、人の身分に重大なる影響を及ぼすところの一種の処罰たることを失わないのであるから、監督者に如何に部下職員に対する懲戒権が存するとしても、法令に規定のないような種別の懲戒罰を科することは法の許さざるものと解すべく、従つて被告警察長にたとえ部下職員に対する懲戒権があるとしても更に果して停職という種別の懲戒罰を科する権限があるか否か、別言すれば法令上果して停職という種別の懲戒罰が認められるか否かを明にしなければならない。この点につき被告等は前記条例第一条は「警察職員の懲戒等については当分の間この条例に定めるものを除くの外、なお従前の福岡県警察部職員の例による」旨規定しているところ、福岡県警察部職員の例によればこれに対し、国家公務員法が適用せられていたのであるから山田町の警察職員についても矢張り同法が適用せられることになり、同法第八十二条には懲戒の種類として明に停職なる処分が規定せられているから本件停職処分には何等違法の廉はないと主張する。然しながら任命条例はその附則「この条例は警察法施行の日からこれを施行する」旨の規定により、警察法施行の日、すなわち昭和二十三年三月七日から実施になつたのであるが、その時にはこれと同時に警察法の施行によつて、福岡県警察部なるものは解消し、その職員のある者は国家地方警察の、他のある者は自治体警察の各職員となり、国家公務員法(昭和二十二年十月二十一日公布法律第百二十号)はその附則第一条の規定によつて附則第二条の規定を除き警察法施行後の昭和二十三年七月一日から実施になつたのであるから、国家公務員法が実施になつた当時には既に福岡県警察部なるものは存在せず従つて被告等のいうように「従前の福岡県警察部の職員の例によれば国家公務員法が適用せられていた」と解することは許されない。仮りに「なお従前の福岡県警察部の職員の例による」という趣旨を、福岡県警察部が他の機構に変更された場合においてはその職員の例によるという意味であると解するとしても、前記の通り福岡県警察部の職員は既にその或る者は国家地方警察の他の或る者は自治体警察の各職員となつたのであるから、特段の規定(たとえば警察法附則第七条)のない限りその後に実施をみたところの国家公務員法が、「福岡県警察部の職員の例によればこれに適用されていた」というように解するは困難である。これを要するに任免条例第一条が「なお従前の福岡県警察部の職員の例による」と規定した趣旨は地方自治体たる山田町警察職員の懲戒については、その基本的な懲戒規則が制定せらるるまでの間はなお警察法施行前における従前の福岡県警察部の職員の例によるという意味に解するのが相当である。けだしこのことは任免条例第一条の規定の立言の仕方に徴して明であるばかりでなく、同条例第十一条が国家公務員法によるとせず「官吏懲戒令による懲戒委員会の職務を行うため山田町警察職員懲戒委員会を置く」と規定していることに徴しても疑がない。而して従前の福岡県警察部の職員というのものは官吏として官吏懲戒令の適用を受けていた訳であるから、山田町警察職員の懲戒については矢張り官吏懲戒令が任免条例の内容を為すものとして適用せられていたものというべく、官吏懲戒令第三条の規定によれば懲戒罰としては譴責、減俸、免官の三種を定めているに止まり、停職というが如き種類の懲戒罰はこれを認めていないから、結局本件停職処分というものは法令の認めざる種別の懲戒罰を科したものであるという意味において当然無効のものといわねばならない。(尤も監督者としては部下職員に対して一般的な監督権があり、その監督権の作用として適当な方法により、懲戒的行為を行う権限があると解されるが、このような監督権行使による懲戒的な行為は、いわゆる懲戒処分ではないのであつて、もとよりこのような監督作用により、本件における如く停職というが如き懲戒罰を科し得る訳ではない。)然らば本件停職処分は無効であり、その無効なることの確認を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容しなければならない。
(二) 被告懲戒委員会の懲戒免職の決議について
本件については被告懲戒委員会の懲戒免職の決議が果して取消訴訟の対象となる行政庁の処分に該当するか否かが問題になるが、これは消極、つまり取消訴訟の対象となる行政庁の処分には該当しないと解するを相当とする。何故ならば、いわゆる行政処分というのは、行政庁から国民に対して為される公法上の意思表示で、これにより公法上の法律効果を生ずるもの又は少なくともこれに準ずると考えられるものをいうと解すべきところ、基本規程によれば懲戒処分の権限は警察長に属し、懲戒委員としては、警察長の審査請求を俟つて審理を為し、もし被審人に規律違反に該当する事実ありと認めるときは、懲戒の種別及び程度を決定し、その旨警察長に勧告するという権限があるに止まり、別に懲戒処分の権限がある訳でも、又これ等の決定によつて直に懲戒という公法上の法律効果を生ぜしめる訳のものでもないからである。それでこれをいわゆる行政処分に該当するものとしてその取消を求める本訴請求は爾余の判断を俟たず失当として棄却を免れない。
(三) 被告警察長の懲戒免職処分について
原告は被告懲戒委員会の審理、決定にして何等か違法の廉がある以上は、これに基ずく被告警察長の処分も亦当然違法にして取消を免れない旨主張するが、果してこのような必然的な関係が存するか否かは疑問である。というのは懲戒委員会というのは、前記の通り警察長の審査請求を俟つて審理を行い、もし被審人に規律違反に該当する事実があると認めるときは、懲戒の種別及び程度を決定しその旨警察長に勧告する権限を有するけれども、基本規程第九十八条第四項の規定によれば警察長は必ずしもこれに拘束される訳ではなく、これよりも軽い処分を為すことは自由であり、懲戒委員会の勧告が甲であれば警察長の処分も亦当然甲でなければならぬという必然的な関係はなく、この意味では懲戒委員会は警察長が懲戒処分を行うについての諮問機関の如き性格のものというべく、従つてその審理決定にして何等か違法の廉があつたとしても、これとは別個独立の権限に基ずくところの、警察長の処分が当然違法にして取消を免れないものとは考えられないからである。それでは懲戒委員会の審理決定の手続にどのような違法の廉がある場合でも警察長の処分そのものには何等の影響がないかというと必ずしもそうだとも考えられない。というのは基本規程第八十六条の規定によれば「警察長が警部補級以上の者に対し懲戒処分を行う場合には必ず懲戒委員会の審査を経なければならない」旨定められているから、警察長が警部補級以上の者に対し懲戒委員会の審査を経ないで懲戒処分を為すことは違法であり、又基本規程第九十八条第四項の規定から推して、懲戒委員会が被審人に規律違反の事実なしと決定したときは、警察長としては、もはやこれに対し懲戒処分を為すことは許されないと解されるから、この意味において、懲戒委員会における審理理定と警察長の懲戒処分とは密接不離の関係があり、従つて前者に違法の廉があれば当然後者にも影響を及ぼすものと解されるからである。このように考えてくると結局は、懲戒委員会の審理決定の手続に何等か違法の廉があるにしても、その瑕疵が別段その事実認定、実体的な判断にさして影響をもたらさないような軽微なものであるならば、警察長の処分には別段の影響がなく、懲戒委員会の審理決定が定足数に充たざる委員の出席によつて行われたものであるとか、その審理に事実認定に影響をもたらすような重大なる手続違背の瑕疵があるというような場合には、如何に警察長の処分が独立の権限に基ずくものとはいいながら、矢張り違法性を帯びるものとして取消を免れないと解すべきである。それでこのような意味において本件懲戒免職処分の適否を判断するにつき、その前提として懲戒委員会の定足数の問題及びその審理手続の瑕疵について調べる必要があると考える。
(1)まず懲戒委員会の審理決定に要する定足数如何の問題であるがこの点につき原告は懲戒規程第六条の規定を根拠にこれを三人であると主張する。なるほど同条は「委員会は委員長及び委員を合せて三人以上が出席しなければ会議を開くことができない。委員長に事故があるときは、上席の委員がこれを代理する」と規定して定足数を三人と定めている。然しながらこれはその立言の仕方に徴して知り得るごとく、懲戒委員会が少なくとも四人又は五人の委員を以て構成されていることを前提としたものであつて、基本規程第八十九条「山田町警察に委員長一人及び委員四人を以て組織する懲戒委員会を置く」旨の規定と対応するものと認められる。ところが基本規程第百条には「警部補級以上の者の規律違反の審査は第八十九条の規定にかゝわらず公安委員会の委員長及び委員を以て懲戒委員会を構成するものとし、本章の規定により懲戒の処分を行う」と規定せられ、警察法第四十四条第二十一条の規定によれば、市町村公安委員会は三人の委員を以て構成されているから、結局懲戒委員会には巡査部長級以下の者の規律違反を審査するものと、警部補級以上の者の規律違反を審査するものとの区別があり、前記懲戒規程第六条の規定は前者の定足数を定めた規定であつて、後者の定足数についてはその適用がないと解するを相当とする。それでは後者の定足数如何の問題であるが、これについては矢張り公安委員会運営規則第五条の規定に則つて、その審理決定に要する定足数は二人を以て足るといわねばならぬ。この点につき原告は公安委員会と懲戒委員会とは全然別個の機関であるから公安委員会運営規則に従つて、懲戒委員会の定足数を定めることは正当でない。その定足数は矢張り懲戒規程第六条に従つて決定すべきであり、このことは基本規程第百条がその後段において「本章の規程により懲戒の処分を行う」と規定していることに徴し疑がないという。
然しながら基本規程第百条の規定は、警部補級以上の規律違反の審査は、巡査部長級以下の者のそれとは別に公安委員会としてこれを行わしめる。つまり公安委員会をして懲戒委員会としての職務を行わしめるという趣旨に解するのが相当であつて、同条に「本章の規定により懲戒の処分を行う」と規定されているのは審理手続については本章の規定に準拠せよというだけのことで、別にこの規定からは警部補級以上の者の規律違反の審査を為す懲戒委員会については、その委員全員の出席を以て定足数とするという論理は生れてこない。むしろ警部補級以上の者の規律違反の審査は基本規程第八十九条の定める巡査部長級以下の者のそれとは別に公安委員会をしてこれを行わしめるものであるが故にその審査手続につき果して基本規程に則るべきか否かの問題も生ずるから、特に「本章の規定により懲戒の処分を行う」と規定して、警部補級以上の者の規律違反の審査についても矢張り基本規程の第十章懲戒の各規定が適用されることを定めた趣旨と解するを相当とする。以上の如く警部補級以上の者の規律違反の審査を為す懲戒委員会の定足数は、これを二人と解するを相当とするから、原告主張の如く被告懲戒委員会の本件審理決定がたとえ二人の委員の出席によつて為されても、別に定足数に充つる委員の出席なくして審査が為されたという違法の廉はない。(2)又原告は被告警察長の被告懲戒委員会に対する審査請求は所定の者からの懲戒申立によらずして為された違法があるというけれども、右審査請求が山田町警察次席警部藤山軍治の懲戒申立に基ずいて為されたものであることは証人藤山軍治及び被告警察長瀬戸千太郎本人の各供述によつて明であるばかりでなく、懲戒の申立というものは必ずしも警察長が審査請求を為すについての絶対的要件とは解されない。(3)然しながら懲戒というのは人の身分に重大なる影響を及ぼすところの処罰であるから、懲戒委員会が規律違反の審査を為すについては旧来の如く単に書面審理によるべきでなく、よろしく被審人をして、事前に予め自己が如何なる事実に基ずいて審査に付せられたかを知悉せしめ、相当の期間を置いて、弁解と反証を挙げる準備の機会を与え、被審人を呼出して「フエアプレイ」の法則に従い審理に臨み、以て過誤なきよう万全の措置を講ずべきであつて、基本規程第九十四条第九十五条第九十六条第九十七条等の規定もこれ等の趣旨に出たものといわなければならない。従つて懲戒委員会がある規律違反の事実を審査するに際し事前に予め被審人に対し、審査に付せられた具体的な事実を通知せず、又その防禦準備のための期間をも与えず、被審人を呼出すことなく、旧来における如く単に書面審査によつて審理を進めるというが如きことは許されないものと解すべきである。これを本件についてみるに被告懲戒委員会が本件審理を為すに際し、予め懲戒申立書の写を被審人たる原告に送付したという事実はこれを認めるに足る証拠なく、却つて成立に争のない甲第一号証に、証人藤山軍治、松岡繁伴の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、懲戒申立書の写は事前に原告に送達されることなく、ただ「職務義務違反及び職務を怠りたる行為により昭和二十四年五月三十一日付停職を命ぜられたるも、停職中の行動が規律を紊るものと認められるによる」旨附記せられた審理期日の通知書が送達されたに過ぎない事実を認めることができ、又基本規程第九十四条第二項の規定によれば、審理期日は少なくともその十五日前に被審人に通知せらるべく定められているに拘らず、本件審理期日の通知がその事前僅か三日前の昭和二十五年五月九日に為されたことは当事者間に明に争のないところであつて、これ等の事実に証人松岡繁伴、原告本人の各供述を綜合して考えると、被審人たる原告においては事前に自己が如何なる具体的な規律違反の事実により審査に付せられたかを知悉することができず、又その防禦方法を講ずるにつき準備を為すに由がなかつたものと認むべく、このような事情の下に審理を進め、事実を認定し懲戒の種別及び程度を決定したところの被告懲戒委員会の審理手続には正に重大なる手続違背の違法の廉があつたと解すべきである。(尤も基本規定が被審人に対する懲戒申立書の写を送達すべく定めているのは被審人をして予め自己が如何なる事実によつて審査に付せられたかを知悉させ、その防禦方法を講ぜしめる趣旨に出てたものであるから、必ずしも懲戒申立書の写を送達しなくとも他の方法でこれを通知しさえすれば、別段差支えがないと解されるけれども、本件においては前記の通り通知書に「停職中の行動が規律を紊るものと認めらるるによる」旨附記せられているに止まり極めて抽象的でこれによつては如何なる具体的な事実により審理が行われるかを知ることができず、何等の通知なかりしことと択ぶところはないから、審理期日の通知書に単にこのような附記があつたからといつて、本件審理手続の違法性が治癒されることはない。)この点につき被告等は原告は被告懲戒委員会の本件審理期日に出頭し、何等異議を述べずして審理に応じているから、審理期日とその通知との間に所定の期間を置かずとも違法でないと主張する。なるほど審理期日とその通知との間には、被審人本人の承諾がある限り所定の期間を置く必要のないことは、基本規程第九十四条第三項の定めるところではあるが、これは被審人において明に異議がないか又は少なくとも審理を通じ被審人に別段の異議なきことが認められるような場合に限るものというべく、本件においては成立に争のない甲第四号証、証人松岡繁伴、原告本人の各供述に弁論の全趣旨を綜合して認め得る如く、原告は被告懲戒委員会の本件審理に際し、明に異議を述べており、本件審理を進めるにつき不服があつたこと明であるから、原告が異議を止めながら審理を受けたからといつて、これにより審理期日と通知との間に所定の期間を置かなかつた違法性は阻却されないと解すべきである。又被告等は原告において自己が如何なる事実によつて審理に付せられたかは既に充分に知悉していた筈であるから、審理期日と通知との間に所定の期間を置かずとも、又更めて懲戒申立書の写を送達せざるとも、重大な違法ということはできない旨主張するかも知れないが、たとえば刑事被告人が自己が如何なる事実に基ずいて審理に付せられたかを既に充分に知つている場合でも、公判請求書の謄本を送達することなく、審理を開くことが許されないのと同じく、矢張り懲戒申立書の写を送達することなく審理を開くということは違法たるを免れないと解するを相当とする。(4)次に被告等は、原告は本件審理期日に出頭して種々反駁弁解を為し、又証人を申請し、被告懲戒委員会においても、原告申請の証人調を施行して、原告に対し充分なる弁解と反証を挙げる機会を与えた旨主張しているが、被審人申請の証拠を取調べるか否かは、懲戒委員会の権限に属することで、たとえ被審人の申請に係る証人の取調をしなくとも、違法ということはないけれども、問題は懲戒委員会が被審人申出の証人を取調べたか否かに存するのではなく、被審人に対し事前に審理に付せられた規律違反の事実を通知し、相当の期間を置いて、これに対する弁解と、反証の準備を為す機会を与えたか否かということにあり、右の如き準備の機会を与えることなく審理を進めた本件においては、たとえ、被告懲戒委員会が被審人の思付きによつて申出た証人の取調を為したからといつて審理手続に何等の瑕疵がなかつたということはできない。
而して被告懲戒委員会の本件審理手続には、前記説明の如き違法の廉があり、斯くの如き違法性は、正に実体的判断に影響を及ぼすところの重大なる手続違背の瑕疵と認めるを相当とし、従つてこのような違法な被告懲戒委員会の審査を経て為された被告警察長の本件懲戒処分も亦違法たるを免れないと解すべく、原告に真実規律を紊るような非違の事実があるならば、懲戒委員会をして更めて適法なる審査を為さしめるという意味において、これが取消を為すを相当とする。
よつて本訴請求中、被告警察長の為した停職処分の無効なることの確認を求める部分及び同じく免職処分の取消を求める部分はいずれも理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条第九十三条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 入江啓七郎)